すき焼き鍋というものがある。鉄でできて、半円の細いつる状の取っ手があって、木のふたを乗せる。
すき焼き鍋を買うのは、すき焼きを定期的にやる人なのだろう。
すき焼きを定期的にやる人とは、ひと月に一回くらいはすき焼きを食べるほどすき焼き好きで、すき焼きを一緒に食べる人がいて、その人もすき焼きが好きで、すき焼きを定期的に食べられる程度の収入もしくは肉を入手できる経路があって、すき焼きを食べてもあんまり胃もたれしない人なのだろう。
自分の場合を考えると、すき焼きは好きだけど毎月食べるというほどではないし、友達はいるけど集まった時毎回すき焼きをするというほどすき焼き狂ではないし、そこまでの経済的余裕はないし肉を送ってくれる人もいないし、すき焼きを食べるとそこそこ胃もたれする。
だからうちにはすき焼き鍋がない。
しかし、すき焼き鍋そのものが欲しいと思ってしまうことがある。見た目が好きなのだ。すき焼きをするためだけにあるというのも、実直な感じがして信頼できるというか、鉄でできているし、擬人化したらきっと性格がいいと思う。友達になりたい。
それにしてもうちにすき焼き鍋を持って帰ってきても、使ってあげられないのが残念だ。尊敬する人がいて、その人のことは好きなのだが自分とは何の接点もないしいざ対面してもきっと話がはずまないだろうなということがたまにあるが、それとよく似ている。自分で持っていなくても好きだいうことは人に説明するのが難しい。
すき焼きが嫌いな人はあんまりいないと思うが、数あるおいしい食べ物、高級な食べ物の中からわざわざ「すき焼きが好き」と公言している人を、私はあまり見たことがない。「好きな食べ物はすき焼きです」と言い切れるような大人は、きっとお金持ちだろう。そしてすき焼き鍋は、富の象徴なのだ。