バイクも自動車も、自転車と同じような仕組みでブレーキパッドの摩擦でブレーキをかけていると知った時、とても驚いた。あんなものすごいスピードで動いているものがそんなことで止まることを期待されていると思わなかった。何か、私の知らないものすごい機構があって、不思議な力で止めているのだと思っていた。現実の車が全然止まらないわけだ。
学生時代に歯の矯正の説明を受けたときも同じショックを受けた。歯の矯正が、結局のところ輪ゴムの力で引っ張っているなんて思っていなかったのだ。
「そんなアナログなことでいいんですか」
と聞いてしまった。
「アナログって…デジタルで歯が動くんですか」
と担当医は笑っていた。
そうじゃないんだ。私は、何か、麻酔とか薬とか、不思議なレーザー照射とか、そういうよくわからないもので歯が動いていくものだと想像していた。大学病院だし、ものすごい最新技術があるんだろうと思って、そうイメージしていた。
「そんな簡単な仕組みだと思わなかった」という反応をすると、「じゃあ何だと思ってたんだ」と言われてしまう。それは申し訳ないと思う。私は、私にはわからないことが世の中の大半を占めているという前提で生きていて、自分の狭い知識で仮設を立てるということをあまりしていない。推理小説も苦手だし、チェスや将棋も勝てたためしがない。
自分が知らないことについては日々勉強して正しい知識を増やしていくのが理想なのだろうが、一方で世の中別に知りたくもないし知らなくてもいいこともあるのではないかとも思う。だったらせめて、「じゃあ何だと思ってたんだ」と言われたときに自分なりの理由を答えられるようにしておきたい。私の家の下から異音がするのは九官鳥が住んでいるからだし、ふりかけの中身があまり入っていないのは楽器だからで、星が光っているのはみんながいつか自分の星へ帰っていけるためなのだ。