みやけばなし

日々の記録とフラッシュフィクション

タメ口敬語戦線(2015年7月12日)

もうずいぶん前の話になるが、コンビニ店員に敬語を使わない知り合いになぜ敬語を使わないのか理由を尋ねたところ、「よそよそしい感じがするから。親しみを持ってタメ口を使っている」と答えられ、カルチャーギャップに驚いたことがある。
 私はそれまで、店員やウエイターに敬語を使わない奴というのは、相手を見下しているのだ解釈していた。敬語を使うしかない立場にいる相手に対して一方的にタメ口をきくことで優越感に浸っている嫌なやつ(※)だと思っていたのだ。
 私が驚いたのは「こいつはコンビニ店員と仲良くなりたいと思っているのか」という、人と人との間にとる距離感の違いについてだった。私はコンビニ店員とは仲良くなりたくないし、コンビニ店員も私と仲良くなりたいとは思っていないと考えているので、私はコンビニ店員に対して敬語を使う。そしてそれは当然のことであり、誰だってそうだと思っていた。しかしそれは当然ではなかったのである。
  私はいわゆる接客業をしているのだが、この視点を得て以来、彼らを「嫌な奴」とは思わなくなった。誰とでも仲良くなりたいか、線引きをすることで尊重したいか、という文化の違いでしかないのなら、正誤を見出そうとするのは不毛でしかない。私はタメ口をきいてくる客に対して頑なに敬語を使い続けるし、彼らはそれをよそよそしいと思うだろう。一方で彼らの方も私にタメ口を使い続け、私はそれを馴れ馴れしいと思い続けるだろう。そこには見えない文化の衝突が発生しており、静かな攻防が繰り広げられているのである。

(※余談だが、サザエさんのタラちゃんは虐待されている可能性が高いと私は考えている。磯野家には家庭内に日常的に敬語を使う人間がいないにも関わらず常に、誰に対しても敬語で喋るという行動パターンをあの年齢で身に付けているということは、敬語で喋る方が有利になるような何らかの働きかけを裏でされており、それはタラちゃんの家庭内における地位が不当に低く設定されていることを意味しているのではないかと思うのだ)