みやけばなし

日々の記録とフラッシュフィクション

こわいなか卯(2015年7月9日)

私は大変に行動力と危機管理能力に優れているので、大抵のものは怖いと感じない方なのだが、「何か怖いものはあるか」と聞かれたとしたら「なか卯」と答えることにしている。
 知らない人のために説明すると、なか卯とはチェーンの和食屋である。これは『まんじゅうこわい』の意味合いではなく、私は本当になか卯が怖い。なか卯、と聞くと鳩尾あたりに空洞ができたような感覚を覚えるのだ。
 まず、店内の照明が白過ぎると思う。壁紙が殺風景すぎる。広告も、余りにも正解過ぎるというか、人間が作っている感じがしない。そして店内に響き渡る券売機の無機質な声。こわい。どこを目指しているのか。
 恐らく、『清潔感』とか、『シンプルさ』というようなコンセプトを極めるとああいうことになるのかもしれない。しかしそれが突き詰められすぎて、心の余裕が感じられないのだ。カウンターの配置にさえ違和感を感じる。無機質な空間に地平線を配置する、シュルレアリスムの絵画によく使われる手法ではないか。  概してファミリーレストランというのは、食事を楽しむためにあるのだから、そこには無駄とか、遊びとか、ふざけとか、そういう要素が必要だと思うのに。牛丼屋や立ち食いそばには、そういうのはいらないかもしれない。「僕はビジネスマンで、これから大事な商談があるのでさっと食事をします」という態度で急いで食事をとることは、「自分は人生の道半ばにいます」、という表明行為に見えて見ている側からすればむしろ安心感すら覚える。なか卯で食事をしている人を外から見ると、人生に絶望しているように見える。
 しかし、実際外出先で誰かに「なか卯行こうぜ」と言われても私は断ることができない。「なか卯はこわいから嫌だ」と言っても上記の私の感覚はあくまで「感覚」でしかないし、なか卯は料理自体はまずいわけではないからだ。まずいわけではないんだ。味も無機質すぎると思うけど、たぶんおいしいと思う。誰かが「なか卯がいい」と言い出さないことを願うしかない。