夏目漱石の『変な音』という随筆がある。「隣の病室から何かをこするような音がして気になる」という話だ。他人の音の正体がわからないというのは、とても気味が悪い。
今住んでいるアパートの下の階から、時折変な声と音が聞こえる。
むりやり文字におこすと、こんな感じ
ガンッ(扉を閉める音)
てぁーとぁーとうーい たぁーたぁーたぁーたぁーたぁーたぁー(人の声)
(2秒ほどの間)
ガンッ(床か天井?を何か棒のようなもので突くような音)
これが2~3回くり返される。
何をしているのか、まったくわからない。
発声練習なら、私もしていた時期があるので何とも思わない。以前ストレスで声が出なくなった時、ボイスクリニックで教えてもらって、公園の木に手をついて、木を押しながら「にー」と言いながら声出しをしていた。そういうのならわかるが、発声練習なら床をこづく必要はないはずだ。
何をしているのかわからないままだとこわいので、「きっと下の人は何かを召喚しているんだ」と思うことにした。床に魔法陣を描いて、呪文を詠唱した後に杖で床をこづくと何か出てくるんだろう。しかししばらくするとその設定も「何を召喚しているのか?」となんだか落ち着かなくなってきたので、九官鳥を召喚していると思うことにした。下の階の人は九官鳥を召喚しているうちに死んでしまったのだと思う。九官鳥が召喚士(部屋の住人)の呪文を覚えていて、呪文を唱えながら壁をつついているのだと思う。そうすると、九官鳥がどんどん増えてしまうのではないか。九官鳥は召喚した仲間をペットオークションにかけてやりくりしているに違いない。家賃もおそらくモバイルバンキングで払っているのだろう。大変だ。
しかしながら『変な音』の夏目漱石も、「実は隣の病人もこちらの髭剃り用の剃刀を磨ぐ音を気にしていた」というオチがついていたから、人間だれしも生活していれば、自分のわからないところで奇怪な生活音をたててしまっているのかもしれない。九官鳥は本当は発声練習をしているのかもしれないし、家賃を払えなくて困っているかもしれない。