みやけばなし

高円寺でギター弾いてるやつの日記

リモート・スメル(2020年8月16日)

私はかなり鼻がいい方で、自分の匂いに結構敏感になってしまう。一番体調がいいときは肉じゃがみたいな匂いだが、たまに美術室の机の中みたいな脂っぽい匂いの時もある。基本的には自分の匂いが好きだが、ストレスが高い状態が続くと追い詰められたときのカブトムシみたいな匂いが自分からしてきて最悪な気持ちになる。体臭は人によってかなり個人差があるようで、最高クラスにいい匂いの人だとクリームリキュールや焼き立てのパンケーキみたいな甘い香りの人もいる。うらやましい限りだ。

結構語っているが、人前でこういう話をしたことはない。人の匂いというのは、社会の話題としては一種のタブー視されているところがあると思う。人間なんだから匂いがするのは当たり前なのに、日常の会話の中で「今日いい匂いするね」などと匂いを話題にするのはかなりハードルが高い。よほど仲が良い人でないと完全にセクハラになってしまう。しかし薬局に行けば大量のデオドラントスプレーが売っているし、百貨店に香水もたくさんあるところを見ると、やっぱりみんな気にしてるんじゃんと思ったりする。

ところでネットは目で見えるものと耳で聞くものは送ることができるが、今のところ匂いを送ることはできない。ライブハウスの中継を配信で見ても、タバコや観客の汗や熱された機材が混ざった何年も立ち込められたあの甘苦い匂いは入ってこない。プールの広告を見ても、ツンとくるほどの塩素や浮き輪のビニールや焼けたプールサイドの匂いは入ってこない。孤独のグルメの焼肉回を見ても、焼く前から食欲をそそってくるタレやどんどんちいさくなるホルモンが出す煙や徐々に焦げ臭くなる網の匂いは入ってこない。リモートコミュニケーションの中で匂いは取り残されている。

コロナのせいで「どこまでソーシャルディスタンスでやれるか」というチキンレースが始まってしまった。その中で、場や人の匂いをかぐ機会はどんどん減ってきている。このまま「匂いなんて別になくたっていいよね」という社会になってしまうのか、それともネットを介して匂いまで届けられるようなシステムを誰かが開発するのだろうか。開発するとしたら何となくエロ方向の需要で日本人が開発しそうな気がする。そう考えるとちょっと嫌だが、開発された技術で全然知らない外国の街や郷土料理の匂いをかげたら楽しいだろうなあと思う。