みやけばなし

高円寺でギター弾いてるやつの日記

家の肛門(2023年2月26日)

 以前Twitterで「死ぬほど嫌いな家事をおしえて」というシャープ株式会社のツイートが盛り上がっていたが、私の場合は排水口の掃除である。あまりにも嫌いすぎて、風呂場の排水口について「目の細かいアルミ製の網を敷き、風呂に入るたびに取る」という最適解にたどり着くまでに3年もかかってしまった。

 

 前の家の排水口は最初からいい感じの網がついており、数回風呂場を使用して詰まり始めたらティッシュでゴミを取る、くらいの適当な感じで良かったのだが、今の住まいのはどうも違っていて、ただ穴が開いているだけ、みたいな状態がデフォルトだった。

 よくわからなかったので最初は何も対策せず、「髪の毛も全部いい感じで流れて詰まらないでいてくれるかな」と楽観視していたのだが、そうはいかなかった。どうも奥の方で詰まりが生じてしまったらしく、「外観上は何も詰まっていないのに水が流れない」という最悪な状態になってしまったのだ。最初の一回目は大家さんに相談して業者の人に詰まりを取ってもらい「定期的にこれ使ってください」とパイプユニッシュをもらって終わった。しばらくは詰まるたびにそれを流していたのだが、何だか環境に悪い気がして罪悪感が出てきた。何とかできないかと思い、ボーダー柄のような細長い目が開いているフタを薬局で適当に買ってきてはめてみたのだが、全然ゴミが引っかからない。これでは同じ結果になると思い、貼って剥がすだけでゴミが取れるというシールをフタの上から貼ってみたのだが、今度は目が細かすぎて詰まってもいないのに水が流れず、挙句水流で剥がれてしまった。その後今使っている「目の細かいアルミ製のザルみたいな網」にたどり着き、現在に至る。文章で読むだけでもかなりうんざりする。

 

 流れが悪くなった水が流れ終わるのを待つ時間が無駄だし、詰まって汚くなった状態を見たり触ったりするのもストレスになるので、排水口はそもそも詰まらせない方が良い。そのためには、風呂場を使うたびにゴミを取った方が衛生的である。頭ではわかっているのだが、それがなかなか実行できない。「1回の洗髪でどのくらい髪の毛が抜けたかを見るのが嫌」なのかもしれない。冷静に考えれば「自分の健康状態を知るのが嫌だからトイレの後にケツを拭かない」みたいな理屈で、馬鹿げていると思う。

 

 食べて、肉体ができて、不要になった肉を捨て、また食べるというサイクルを回す中で、どこかに詰まりが起きてしまうと肉体は上手く動かなくなってしまう。家も、モノを買ってばかりで捨てないと物が溢れてしまう。排水口は自分の家という領域からゴミを外に出す関門という意味では、身体でいうところの肛門みたいな場所だ。外界と繋がっている境目の部分はトラブルが起きやすいので、口や肛門やゴミ捨て場と同じように気を使って管理する必要がある。そういう意味では、排水口の掃除というのは人の生活を象徴するような家事だと思う。